美術史のレポートの書き方 ⑤ 芸術家の言葉と向き合う


作品からいきなり芸術家の思想を読み取るのは至難の技です。そこで参考になるのが、芸術家の書いた文章です。今回は芸術家が書いたものにどのような文章があるのかご紹介します。


(1)書簡


芸術家の書簡は、専門家により編纂され、なかには詳細な注がついているものもあります。例えば19世紀の画家セザンヌについては、下記のような書簡集が二つも翻訳されています。どちらも非常に詳細な注がつけられていて、まさに専門家の研究の賜物であると言えます。


ジョン・リウォルド編『セザンヌの手紙』池上忠治訳、美術公論社、1982年

アンリ・ミトラン編『セザンヌ=ゾラ往復書簡』吉田典子訳、法政大学出版局、2019年


偶然ですが、どちらも元神戸大学教授により翻訳されています。


(2)芸術論


芸術家によっては、芸術論を書いている人もいます。ルネサンスで有名なのは、レオン・バッティスタ・アルベルティやレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画論です。16世紀イタリアの画家ジョルジョ・ヴァザーリによる『芸術家列伝』のように、芸術家が書く「美術史」の本もあります。その画家がその時代の人がどのような歴史観を持っていたのかを知る格好の材料になります。


19、20世紀にも芸術家は多くの芸術論を発表していました。ドラクロワ(1948年に『芸術論』として創元社より日本語版の出版)、スーラ、モーリス・ドニ、キュビスムの画家たち(1980年に『キュビスム』として美術出版社より日本語版の出版)、マティス(1978年に『画家のノート』としてみすず書房より日本語版の出版)、など、豊富に多くあります。


(3)旅行記


旅行記を出版する芸術家もいます。ポール・ゴーガンはタヒチへの旅行記を残し、彼の画業に決定的な影響を与えたその経験を書き留めています。『ノアノア』(ちくま学芸文庫)として訳出されています。


(4)インタビュー・周囲の人々による回想録


芸術家と直接会う機会のあった人物が、インタビューや対談を出版したり、回想録の中で芸術家の言葉を紹介したりすることがあります。


例えばレディメイドでスキャンダルを起こしたマルセル・デュシャンと、批評家ピエール・カバンヌとの対談が日本語で訳されています(『デュシャンは語る』ちくま学芸文庫)。パブロ・ピカソとアンドレ・マルローとの対話も、『黒耀石の頭 ピカソ・仮面・変貌』(みすず書房)として日本語訳が出版されています。


セザンヌについては、同時代の画家エミール・ベルナールによる『回想のセザンヌ』(岩波書店)という本など、複数の回想録が翻訳されています。ただ気をつけなければいけないのは、回想録の場合、回想される側(セザンヌ)の言葉が、回想する人(ベルナール)によって解釈されているので、必ずしも回想される側の意図を正確に伝える記録であるとは限らない点です。むしろ同時代の人々がどのようにその芸術家について考えていたのかを知る資料としては最適だと言えます。


(5)教書


なかには、芸術家が作品の作り方を生徒に教えるために書いた本も存在します。20世紀のものでは、バウハウス叢書(中央公論美術出版より翻訳版が出版)が有名です。全14巻のシリーズになっていて、カンディンスキーやクレー、シュレンマー、マレーヴィチ、グレーズといった芸術家たちが講義で教えていた内容について知ることができます。