「非合理な身体のための解剖学 :ハンス・ベルメールと〈交換可能性〉」(2022/1/27)実施報告

 シュルレアリスムの芸術家として知られるハンス・ベルメールは、球体関節を用いた人形制作で知られているが、実のところその芸術実践は、人形制作にとどまらず、同時代の心理学や思想から着想を得た理論的著述や、実験的な身体像の素描など、多岐にわたる。

 松岡佳世氏は著書『ハンス・ベルメール 身体イメージの解剖学』(2021年、水声社)において、そうした取り組みの中でも、彼にとっての身体イメージが、単なる表現主題ではなく、内部と外部、女性と男性、人間とオブジェの交換可能性と反転可能性を探るメディアとして機能したことを明らかにした。2022年1月27日に開催された本講演会は、そうした成果について、とりわけ「客体/主体」の交換可能性をテーマに据え解説するものであった。


上記は松岡さんの著書の書影です。素晴らしい本をご出版されたことに改めてお礼とお祝いを!


 皮を剥ぎ、分解して再配置するだけでなく、皮を裏返して対象=客体(objet)の痛みや快感の経験に触れる、そのような作家の試みがあるにもかかわらず、客体としての身体イメージは、作家にとっての外部に位置し続け、また作家という主体も、自己を瓦解させて対象と一体化した均質な全体性のうちに安住することはない。そのことを示唆するかのように、ベルメールは二つの性のイメージを完全に一致させることなく重ね合わせる。彼が求めたのは、そうした重ね合わせの中でも自己と完全には同一化することのない他者の存在だった。

 コメンテーターの小澤京子氏からは、そうしたさまざまな二項対立図式が、解消されることなくベルメールの制作の根底にあり続けたのではないかという点が指摘された。また「交換可能性」を探る実践の中で、交換される部位の単位とは何なのか、交換される部位同士は必ずしも等価ではないのではないかといった質問がなされた。小澤氏のコメントにおいては、部位を組み合わせるアルゴリズム的なシステムを追求した18世紀の建築についての自身の研究対象の事例との比較もなされた。



上記は言わずと知れた小澤さんの名著『都市の解剖学』ありな書房、2011年。今回のコメントの中でなされた、ご自身のご研究対象との比較は示唆に富んでいてとても刺激的でした。


 小澤氏に続いてコメンテーターをつとめた田中祐理子氏は、第一次世界大戦が身体の破壊だけでなく「再構築」をもたらしたことを踏まえながら、ベルメールの制作がどのようにそうした大戦のトラウマと関わっているのかについて、質問した。田中氏は、人形という存在そのものが身体の全体的イメージと深く関わっているのではないかと指摘しながら、交換可能な部位と全体的イメージとの関係についての質問も行った。


田中さんにご紹介いただいた、第一次世界大戦下の身体についてのAna Carden-Coyneによる著書です。詳細はこちら